Special Dialogue特別対談

日本商工会議所が創立100周年を迎えた。
2022年は次なる100年の歴史が始まる年でもある。
より良い未来を切り拓くために、日本の経済・産業、中小企業、地域社会はどう変わっていくべきか。
日本商工会議所会頭の三村明夫と、特別顧問の小林健が語り合った。
※本対談は、2022年7月に実施したものです。

特別対談メインイメージ
小林氏プロフィール
小林 健日本商工会議所 特別顧問

1949年東京都出身。71年東京大学法学部卒業後、三菱商事株式会社に入社。船舶部門、機械部門を長く歩み、プラントプロジェクト本部長、船舶・交通・宇宙航空事業本部長を経て、2007年に常務執行役員、新産業金融事業グループCEO。ロンドン駐在やシンガポール支店長を務めるなど国際経験が豊富。10年6月に代表取締役社長に就任し、16年に取締役会長、22年に取締役相談役。11年に東京商工会議所 副会頭に就任し、16年退任。20年には日本貿易会会長を歴任。内閣官房「GX実行会議」有識者メンバー、「新しい資本主義実現会議」有識者構成員。

この10年、海外を訪れるたびに日本との物価の違いを実感していました。
『安い日本になってしまった』という危機感を我々は持つべきです

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三村氏プロフィール
三村 明夫日本商工会議所 会頭

1940年群馬県出身。63年東京大学経済学部卒業後、富士製鉄(現・日本製鉄)に入社。72年ハーバードビジネススクール卒業(MBA)。新日本製鉄社長、会長を経て、2019年4月から日本製鉄名誉会長。13年11月に日本商工会議所、東京商工会議所会頭に就任し、3期目。これまでに経済財政諮問会議民間議員、総合資源エネルギー調査会会長、中央教育審議会会長、中小企業政策審議会会長、「新しい資本主義実現会議」有識者構成員などを歴任。

経営者の在籍年限が長いことも中小企業の強み。
社長が本気になれば、相当な大変革ができるはずです

不確実性の高い時代、中小企業が社会変革の主役に

三村氏メイン
三村

2019年12月に初めて中国・武漢で報告された新型コロナウイルス感染症は、歴史的なパンデミックをもたらし、我々がこうして対談している2022年7月現在も、世界の経済・社会情勢に多大な影響を与えています。さらにカーボンニュートラルの達成を目指す機運が世界的に高まる中でロシアのウクライナ侵攻が起こり、深刻なエネルギー高・資源高に見舞われるなど、先行きの不透明な事態が続いています。このような状況の時こそ、国力の大切さを痛感します。日本経済の安定的な成長を確保しなければ、国民の幸せな暮らしは守れない。しかしながら日本経済は過去20年以上、ほとんど停滞してしまっていて、先進国の一員ではあるものの、そのプレゼンスは低いと言わざるを得ない。日本をもう一度、力強く豊かな国にするためにどうすべきか。我々は重大な課題を突きつけられているのだと思います。

小林

おっしゃる通りですね。私自身は、1971年7月に三菱商事に入社して以降、商社パーソンとして、鉄鋼・造船など重厚長大産業の時代から、自動 車をはじめとするモノづくり製造業の台頭、半導体産業の世界シェア席巻、そして流通・サービス業やIT産業の隆盛と、これまでの産業構造の転換と日本経済の成長の軌跡をつぶさに見てきました。今の時代は極めて先行きが見えにくいと感じます。DX(デジタル・トランスフォーメーション)もSDGs(持続可能な開発目標)も、産業界に対し、明らかに従来とは質の異なる構造変化を求めている。まさに日本は、新しい時代への岐路に立っているのだと思います。

三村

ただ、一つだけ言えるのは、日本が歴史の転換期を経験するのは初めてではないということ。列強諸国の脅威にさらされた幕末の激動期にしろ、文字通り焼け跡からのスタートとなった戦後復興期にしろ、当時の人々にしてみれば途方もなく深刻な危機だったはずです。しかし我々の優れた先輩たちは、見事に苦難を乗り越え、国民を路頭に迷わせることもなく、短期間のうちに立派な国に建て直したわけです。

しかも日本は世界的に見ても長寿企業が多く、創業100年を超える企業は4万社もあり、そのほとんどは中小企業です。数々の危機を乗り越え、長く生き続ける自己変革力を持った中小企業が、日本には多数存在するということです。その強みを本気で生かせば、今直面している危機も十分乗り越えられるはずです。

物価上昇が企業変革の契機

小林氏メイン
三村

当然ながら、デジタル化やカーボンニュートラル推進などはこれからの時代に欠かせませんが、それだけでは社会変革や意識改革の原動力になりにくい気がしています。では何が突破口になるのか。私自身は、日本で数十年ぶりに発生した物価上昇の問題が大きなカギになると見ています。

日本の国内企業物価指数は前年比8.6%の上昇(2022年7月時点)。日本だけでなく、先進各国では前年比10%程度の企業物価の上昇にさらされています。これは一時的な現象ではありません。カーボンニュートラル達成に向け、化石燃料に対する設備投資を全世界が抑制した結果、エネルギーの生産能力が大幅に低下。その一方で、コロナ禍から徐々に脱した国々のエネルギー需要が急激に増え、需給ギャップが一挙に顕在化したということです。

ここで日本固有の問題は、企業物価の上昇が消費者物価に反映されにくいことです。日本の消費者物価指数は前年比2.6%の上昇(総合指数、2022年7月時点)。モノだけでなくサービスの価格が含まれていることも一因ですが、いずれにせよ日本の消費者物価の伸びは、企業物価に比べて大幅に低いのです。

小林

産業界では企業物価を消費者物価に転嫁したいという潜在的なエネルギーが満ちている、物価上昇のマグマが相当たまっているということですね。

三村

その通りです。私は、消費者物価にぜひとも転嫁してほしいと願っています。ただし消費者物価が上がれば、賃金上昇への社会的な要請も間違いなく強まります。そうなれば、企業は賃上げをしないと人材が確保できなくなってくる。特に中小企業には極めて厳しい状況でしょう。いよいよコストアップ分を消費者価格に転嫁しなければ生き残れない。その上で人材獲得競争に勝ち残るために、賃金も引き上げなければならない。これが中小企業に自己変革を促す強烈なプレッシャーとなり、そのエネルギーが日本全体を変えていく。決して楽観的なシナリオではありませんが、物価上昇を起点にそういう社会変革のプロセスがこれからスタートするだろうと予測しているのです。

小林

そのシナリオでは、大企業と中小企業によって形成されている日本独特の取引構造も見直しを迫られることになりますね。「日本の物価はなぜ上がりにくいのか」とよく聞かれるのですが、海外と比較して、日本は中小企業の割合が極めて大きい。総企業数に占める割合は実に99.7%、労働人口に占める割合で見ても約7割を占めます。しばしば「日本株式会社」などと表現されるように、大企業と中小企業が下請け・孫請けといった形で系列関係を形成し、事業を展開している例が少なくない。もちろん良い面もたくさんありますが、三村会頭のおっしゃるように、物価形成を歪めている面があります。つまり、中小企業が懸命に努力して生産性を高めても、顧客である大企業側は「販売価格は上げられない」という姿勢を堅持し、その努力が取引価格に反映されにくい。

三村

物価が20年も上がらないのは異常です。コストが上がってもそれを取引価格に反映できず、その結果、労働生産性を上げても付加価値生産性は上がらないという事態が生まれている。

小林

三村会頭の「新石垣論」のもと、日本商工会議所が「パートナーシップ構築宣言」の活動を推進しているのも、その状況を打開するためですね。

三村

はい。「パートナーシップ構築宣言」とは、大企業と中小企業の共存共栄に向けて持続可能な関係性を目指す活動です。政府、産業界、労働界などの全面的なバックアップを得ており、日本商工会議所としてもその推進に力を入れています。この活動に賛同し、「宣言」を公表・登録してくれた企業はすでに1万3000社近くにのぼっています(2022年8月時点)。これだけで完全に問題が解決するわけではありませんが、大企業と中小企業は互いにサステナブルな関係性を構築していくため、知恵を絞っていくことになるでしょう。これが社会変革の契機になってくれることを願っています。

小林

私も、これからは中小企業が社会変革の主役を担っていく時代だと考えています。中小企業経営者の友人がたくさんいますが、一番の強みだと感じるのが、経営者と現場社員たちとの距離感が非常に近いこと。中小企業の経営者が本気で何かに挑戦しようとして、明確なビジョンを示せば、その熱意は確実に現場に伝わりますから。

三村

中小企業が活躍していくことは、地方経済の活性化とも密接な関係があります。大企業と中小企業が経済活動を支えている割合でいうと、大都市圏においてはだいたい50対50。しかし地方圏では20対80と、中小企業の比重が圧倒的に大きいのです。

また人口動態で見れば東京圏は人口が伸びていて、地方圏は減っています。しかし内閣府『県民経済計算』などの統計で、過去10年程度の都道府県単位のGDP伸び率を見ると、実は人口が減少しているはずの地方圏の方が高いのです。この事実は非常に示唆的ですよね。大きな希望を与えてくれると思うのです。

未来を切り拓く新しい経営観

両者で
三村

日本商工会議所は創立100周年を迎えましたが、これは次なる100年の歴史の始まりでもあります。未来を切り拓いていくのはもちろん若い世代です。日本商工会議所の青年部では、次代の地域経済を担う約3万2000人の青年経済人たちが所属し、互いに切磋琢磨しています。彼ら彼女らは時代の変化に対して敏感で、ここで議論してきた論点は皆すべて心得ているでしょう。

以前行ったアンケート結果を見て得心したのですが、若い世代の経済人たちは、会社の存在意義というものを常に「顧客満足」や「従業員エンゲージメント」と明確に結びつけて考えています。この2つの達成が自分たちの使命だと。彼ら彼女らは本気なんです。「資本主義の父」と称された渋沢栄一は、私益と公益の両立という理念の実践に生涯を懸けたと言われますが、まさにその考えにもつながる姿勢だと思いませんか。このような若い経済人が増えてきたのは率直にうれしいことです。

その意味では、私は未来に対してまったく心配していません。ぜひこの考えを貫いて、人々に対し、働きやすさと同時に働きがいを与えてくれる会社を日本でどんどん育てていってほしい。それこそが、日本の社会を前向きに変革し、より良い未来を切り拓いていく原動力にもなると思いますから。

小林

まったく同感です。私は「会社」とは、それ自体が一つの「社会」でもあると思っています。この考え方に立てば、おのずと社会(会社)に対して責任を持ち、社会(会社)に貢献していくことが経営者の責務であるという発想に行き着きますよね。特に中小企業の場合、そのような信念を持った経営者がいると、それが従業員に自然に伝わってモチベーションやエンゲージメントの向上にもつながる。そうして魅力と活気にあふれた中小企業が増えていけば、日本の社会全体をより良くしていくことにもつながるでしょう。

日本商工会議所と各地商工会議所としては、そんな中小企業の活躍を一層力強くサポートしていくことが重要なのではないでしょうか。

両者でバストアップ