トップページ > ニュースライン > トレンドボックス > 【最新!海外事情レポート】2023年タイ下院総選挙後の動向(バンコク)

トレンドボックス

【最新!海外事情レポート】2023年タイ下院総選挙後の動向(バンコク)

タイでは、これまで農村と都市部、所得別の社会階級、世代、支持政党、さらには王室の認識といった違いによる社会対立が根深く存在し、これらを遠因とするクーデターや政変などが歴史上幾度となく起こり、世界的ニュースになることがある。最近のタイ国内政治動向について、20238月初旬時点での情報をまとめてみたい。

 

 2000年以後、いわゆるタクシン派()、反タクシン派()の衝突が繰り返されてきた中、20145月に軍部によるクーデターが起こり、当時のプラユット陸軍大将(現首相)が軍事政権を樹立。2019年に5年ぶりに下院選挙が行われ民政へ移管、「国民国家の力党(PPRP)」を第一党とする親軍政権が誕生した。その後間もなく新型コロナウイルスによる世界的パンデミックにタイも例外なく巻き込まれ、2020年には実質GDPがマイナス成長(前年比▲6.1%)となり、経済面でも打撃を受けることとなった。一方で、政治も混乱が続く。経済界出身の若手政治家が新党「新未来党(FFP)」を立ち上げ、従来の二項対立とは別の形で参政した。反軍政を掲げ、若年層の支持を得て第3党に躍進するも政党法違反を理由に憲法裁判所から解散命令が出された。政府の感染症対策への不満とこれらの要素が組み合わさり、同年には若年層による反政府集会が度々開かれ、政権批判に加えこれまでタブー視された王室改革までもが主張されるような事態になった。

 

 その後、社会運動も収束し、2022年にはパンデミックも治まり、出入国制限の緩和をはじめ、ようやくタイも経済回復の兆しを見えるところとなった。そして20233月に下院議員の任期が満了になったことをふまえて、同年514日に下院総選挙が2019年から4年ぶりに実施された。有力候補とされたものに以下の政党がある。まず、支持率が低下していたプラユット首相ら率いる親軍系の与党、次に最大野党としては2014年クーデター以前に政権を握っていたタクシン派であり、農村部や低所得者層からの人気の高い「タイ貢献党(PTP)」、もうひとつの野党に2020年に解散命令を受けた「新未来党」の後継で、反軍政・王室改革(不敬罪改正)といった革新的なマニフェストを掲げる「前進党(MFP)」が挙げられる。選挙の結果、多くの予想に反し、前進党が最多票数を獲得し第1党となった。同党のピタ党首は、第2党の「タイ貢献党」含む8党で連立政権樹立を目指し、2014年クーデターからちょうど9年後の522日に覚書を交わし、最低賃金の引き上げや、産業独占の禁止などを含めた公約を掲げ、クーデターから続く親軍政権の交代に近づくかに思われた。

 

 しかし、713日に実施された首相指名選挙で、第1党である前進党のピタ党首が第30代の首相候補者となったものの、上院(*)および下院による投票の結果、賛成が過半数の375人に満たず選出されない結果となった、続く同月の19日には憲法裁判所が、メディア企業の株保有に関する提訴を受け、ピタ党首の議員資格を一時停止、同日の実施される予定であった2回目の首相指名選挙への立候補が認められないことになった。更に82日、第2党のタイ貢献党が、8党連立協議から離脱し、実業家出身のセター氏を新たな首相候補に指名すると発表した。5月の下院選挙から現在に至るまで政治的空白が既に約3ヶ月続く状況となっており、タイでの効果的な政策立案が一時的に制約される可能性がある。また、国民投票によって選ばれた代表が、新政権に与することを絶たれたことと相まって、バンコクでは政治集会が再び開かれるようになった。

 

 在タイの日系企業の視点から見れば、2023年はコロナからの回復ラッシュも一段落したことに加え、米中欧の経済停滞により、タイから他国への製品輸出が振るわない状況が続いている。商工会議所としては、苦境にある会員企業をサポートすべく、新政権が樹立された際には、継続してタイでビジネスを継続・拡大できるよう、一貫した経済支援政策を持続してもらえるよう働きかけていきたい。

 

(*)上院は軍事政権が任命する仕組みで、国軍の強い影響力が残る。

 

 

民主記念塔.jpg

▲民主記念塔(出典:flickr

1932年に立憲君主制に移行したことを記念したモニュメントで、

文中で言及している政治的イベントがあるたびに、デモ隊や政治集会が開かれており、

タイ政治を象徴する場所となっている。

 

 

(バンコク日本人商工会議所 事務局長 易木 森宏)