(日本商工会議所の月刊誌「石垣」98年11月号 より)
 
洪福寺松原商店街(横浜市・保土ヶ谷区)
実質勝負の安売りが立地の悪さを克服

 

 横浜駅から相鉄線に乗り換え、天王町駅から徒歩5分の洪福寺松原商店街は、厳しい景気にもかかわらず、平日でも1万2000人の集客力を誇る。横浜という大繁華街を控え、立地的に悪条件下にあるこの商店街の強みは、何といっても一貫した実質勝負の安売りに徹したところにある。

▼ハマの「アメ横」と呼ばれる商店街
 天王町駅から約5分歩くと、青空市場のような一画が目に入ってくる。歩行者天国の通りにはカラフルなパラソル、にぎやかなBGM、通りの左右には各商店が一押しの商品を所狭しと並べている。通りを歩いていると、あちこちの店から呼び込みの声がかかる。「今日は生きのいいサンマが入ってるよ。晩御飯のおかずにお勧め!見てってよ」の声にひかれて行ってみると、店先は人だかり。背伸びしてのぞくと、氷の上には見るからに新鮮な魚が並んでいる。しかも市価より3〜4割は安い。瞬く間に魚が売れていく。
 道幅8m、長さ437mの狭い通りに、平日で1万2000人、休日には2万人、暮れの3日間は1日10万人の人出となる商店街はいつも大賑わいの状態。この雑然とさえいえる雰囲気が、洪福寺松原商店街の強みといえる。何しろそこにいるだけでウキウキしてくるからだ。この商店街には、市場にいるような楽しさがある。

▼個店努力で徹底した安売り実行
 同商店街は1952(昭和27)年、18店舗で「松原安売り商店街」として発足し、創立時より一貫して安売りを商店街の統一コンセプトに掲げてきた。現在、会員数93人、103店舗が加盟している。肉、魚、野菜といった生鮮3品の店を中心に、食料品店が5割を占めているのが特徴といえる。「うちの商店街は、安売りで他と差別化してきました。各商店街が個店努力を行い、安売りに協調してきたことで今のような商業集積を形成したんです」と伊藤理事長。「うちには八百屋が8店ありますが、どの店も夕方には商品が売り切ります。芋類ならA店、産地ものはB店というように、それそぞれ得意分野を持って、共存共栄しているんです。お客さんもよく知っていて、買い分けますよ。店の主人が、市場で数が半端になった野菜をトラック一台分買い取るので、値段も市価の5〜6割。商品は新鮮で、しかも安いとなれば自然とお客さんは集まってきます」と安売りの秘訣を語る。

▼安売り以外のサービスも提供
 不況に強い同商店街も、これまで脅威がなかったわけではない。横浜近郊への大型店出店攻勢に脅威を感じ、顧客の安定化を図るため、いろいろな対策を打ち出している。1988(昭和63年)に「松原シールサービス会」を発足した。200円買い上げごとにシール1枚を配り、台紙1冊で550円の金券とし、旅行会、食事会、催し物等も企画している。安売りのほか、新春発売り出し、節分大会、中元セール、歳末セール等、各種イベントも行い、顧客にサービスを提供している。
 「土日、車庫で遊んでいる市営バスを使ってほしいという依頼があった時は、買い物送迎バスとして団地2ヵ所に送迎バスを出しました。2年半続けて経費的には赤字でしたが、団地の方に商店街の魅力を知ってもらったことが大きな収穫です。今では、団地の奥さん方が、盛り売りや箱売りの商品を買って、その場で分け合ったりしているんですよ」と笑顔で話す巻島副理事長。
 また、同商店街にはユニークな販売方法を行っている店が数多くあり、それらの店が話題になり、マスコミに取り上げられ、商店街に人を集める。一般消費者のほか、飲食店関係の業者も多く、量的な面で同商店街の売上を支えている。

▼生活者ニーズを加味した商店街づくり
「横浜ベイスターズ38年振りの優勝で、一層の盛り上がりをみせています。優勝決定の翌日には樽酒を用意し、各店が思い思いに創意工夫して、優勝セールを行い、商店街一丸となって盛大に祝いました。優勝セールの公認を球団と取り交わしたことで、来季は観戦チケットも入手できるので、お客様へサービスしたいと思っています」と相好を崩す巻島副理事長。
 下町的な安売りを魅力としてきた同商店街だが、これからのビジョンとして、若い人たちを吸引できるモダン性も加味した商店街構想をもっている。「21世紀に向けてモダン性と下町的な雰囲気を加味した商店街づくりをしていきたいですね。商店街一画を一つの生活の場となるようにできればと思っています。理事の皆さんが一生懸命で、やる気に満ちているのでとても心強いです」と、伊藤理事長は自信をのぞかせる。
 『安さと来(気)安さ』という統一コンセプトを守り、強い意思と並々ならぬ努力と工夫を続ける各個店の存在が、横浜のアメ横とも呼ばれる洪福寺松原商店街の強さになっている。

 

 



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