(日本商工会議所月刊誌「石垣」99年7月号より)

 

神戸市三宮センター街一丁目商店街(兵庫県神戸市)

先進性と個店のこだわりで時代をリードする商店街

神戸市中央区三宮町1−6−25
神戸市三宮センター街1丁目商店街振興組合
前理事長 長澤 基夫
理事長 小松原 正直

◎ポイント
・先進性と明確なストア・コンセプト
・個店の良さを生かした商店街づくり
・周辺商店街との連携

 


 神戸の表玄関三宮。ファッショナブルな街というイメージ通り、どの街角にもセンスのいいショップが軒を連ねている。明治初期よりわが国の近代化の先駆けとして発展してきた神戸の中にあって、三宮は戦後になって大きく発展した街である。新しいものに挑戦する神戸らしい進取の気性、エスプリが凝縮された街でもある。1995年1月17日、多くの尊い命と街並みを奪った阪神・淡路大震災から4年半。壊滅的な打撃を受けたことを逆にプラスの方向に生かそうと商店街を挙げて復興に取り組んだ努力が実を結びつつある。三宮センター街1丁目商店街振興組合の長澤前理事長と小松原理事長に話を伺った。

▼恵まれた立地環境と進取の気性

 JR、阪急、阪神、市営地下鉄、ポートライナーと交通の結節点である三宮駅。南口を降りるとセンター街の入口が見える。南北に走るフラワーロードから鯉川筋までを東西に結ぶ約550mのセンター街には200店舗を超える個性的な店が軒を並べる。さんプラザ、センタープラザといった総合ファッション館とも立体的につながり、来街者を飽きさせない工夫も随所に見うけられる。センター街からは枝が伸びるように繁華街が広がり、三宮エリアだけで実に1000軒以上の店が集積している。さらに、商店街の東側にそごうとさんちか(地下街)、西側には元町、南京町、大丸、古い商館などの建物を利用したブティックが点在する旧居留地は三宮のすぐ南側にあり、徒歩圏に個性的な一大ショッピング・ゾーンが形成されている。センター街の1日の歩行者数は15〜20万人。買い物客、観光客、親子連れ、ビジネスマン、学生など実にさまざまな人々が行き交う。
 1946(昭和21)年に誕生した三宮センター街は、翌47年には街路灯を設置、51年には直射日光から客を守るためよしずでアーケードをつくるなど次々と新機軸を打ち出す。「老舗の多い元町などと比べ、三宮は戦後に出来た街ですから新しいことに取り組みやすかった。商店街のメンバーも個性的でこだわりを持った人が多く集まっていたし、戦後の復興も早かった。もちろん、立地条件にも恵まれていたと思います」と長澤前理事長は語る。
 53年には本格的なアーケードをつくり、59年には全国初の商店街一斉定休日を制定、71年には全国初の電飾サインを取り付けたジャンボアーケードが完成。三宮センター街は個性的な店が集まる神戸の中心的な商店街としてますます来街者を獲得していく。「神戸には進取の気性、新しいものを受け入れやすい土壌、空気があります。とくに三宮は新しい商店街ですから人を呼ぶために、独自性をより強く打ち出す必要があったということもあると思います」と長澤氏。

▼阪神・淡路大震災から復興へ

 しかし、1995年1月17日、神戸地方は未曾有の地震に襲われた。センター街のアーケードは倒壊し、商店は壊滅的な被害を受けた。「ショックでした。全ての意味でマイナスからのスタートでした」と長澤前理事長。振興組合では「復興委員会」を設置し、商店街復興のために奔走した。復興の目標として「未来の新しいモールとして、神戸の顔となり、また世界に対しそのイメージと街の情報を発信できるような画期的な街づくり」を掲げた。
 アーケード再建に走りまわった小松原理事長は「壊滅的な打撃を受けたからこそできる、時代の先を行くものをつくりたかった。細かいことはいくつかあったが、大筋の合意形成は早かった。商店主の気持ちが前向きだし、何より商売が好きな方々が多いのが三宮のいいところ。昨年の3月にアーケードも完成し、これからです」と意欲的だ。県や市、設計協会などからの賞をいくつも受賞したアーケードは、その斬新なデザインだけでなく、災害や省エネ対策などに考慮した構造になっていることも評価されている。自然光をとり入れられる開閉式の屋根、軒高18m、幅11mの広々としたモールは開放感があり、来街者の評判も上々だ。

▼周辺地域との連携「シャンテ! 神戸」

 昨年の9月下旬から10日間、センター街を中心に「シャンテ! 神戸98」を開催。フランス・ニース市の中心商店街との姉妹提携を記念して大々的に行われたイベントは、多くの来街者を呼びこみ大成功をおさめた。「神戸の復活を内外に強くアピールしたかった。国からは商店街活性化先進事例事業として助成をいただき、県や市、商工会議所にも全面的な支援をいただいた。センター街だけでなく、そごうやさんちかなどにも参加いただいたことも大きな収穫。今後は、近隣の商店街とも上手に連携して盛り上げていければ最高です」と長澤前理事長は胸を張る。

▼ライバルは大阪

 半径70〜80kmという非常に広域な商圏を持っている三宮。東は京都、大阪、奈良、西は岡山まで、明石海峡大橋の開通で四国も視野に入っている。震災後1年間は生活必需品が売れたが、2年目以降は苦戦が続いた。しかし、客数、客単価はもう一息ながら、昨年あたりから通行量は戻ってきている。商店街では大阪をライバルと見ている。「震災で大阪に流れたお客様が戻りきっていないので、是非、神戸の良さをPRしていきたい。三宮ならではのセンスある品揃え、プラスアルファのサービス、本当に良いもの、気に入るものが手に入る街として、差別化を図っていきたい。神戸の中での競争はもちろんあるが、いい意味での相乗効果が生まれており、それぞれの個性を生かした街づくりが神戸全体のパワー・アップにつながっていくと思う。もちろん大阪も頑張れば関西全体で盛りあがっていける」と抱負を語る長澤前理事長。独自性に溢れる商店とその集合体である商店街、震災による打撃を逆にプラスの方向に生かそうとする三宮センター街の挑戦が実を結びつつある。



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