(日本商工会議所の月刊誌「石垣」98年12月号 より)
 
長野市権堂商店街(長野市)
「商店街は舞台、お客さんは役者」
アーケード改築がもたらした個性ある街づくり

 

 長野市権堂商店街のある権堂町は、善光寺参詣とともに古くから全国に知られた街である。1995(平成7)年、同商店街ではアーケードを全面改築し、その後、広場の建設、長野オリンピック関連事業と着実に活性化へのステップを踏み続けている。「権堂にはアーケードが欠かせなかったのです」と語る長野市権堂商店街協同組合の渡辺晃司理事長に、街づくりの秘訣を伺った。

▼活性化は個性化
 「95年4月12日の新アーケードオープニングセレモニーまで、アーケード建設に6年の歳月がかかりました」と渡辺理事長は話を繰り出した。「商店街の活性化は個性化だと思います。6年という歳月は、商店街の個性、個店の個性をどのようにしてお客さんに伝えていくのかということを考えた結果なのです」。
 同商店街では、老朽化したアーケードを壊すか造り替えるかという議論を、89年から開始した。年数百回に渡ってとことん話し合ったという会議は、「アーケード」「勢(きお)い獅子」という権堂のシンボルの発見、個性ある街づくりをしていこうという組合員の意識向上につながったのである。
 「議論に時間をかけたのは、われわれの中に新たな発想を生むためで、アーケードは個性ある街づくりのための一つの手段だったのです。そしてこの統一目標が、組合員の参加意識を高め、新たな商店街づくりのスタートとなりました」と渡辺理事長。
 「アーケード」「勢い獅子」というキーワードは、その後の商店街活動の中で生かされ続けている。96年には、環境整備事業として勢い獅子のモニュメントや椅子等を設置し、商店街の中に憩いの場(権堂広場)を設けた。獅子のモニュメントは、東京・渋谷の忠犬ハチ公をもじって地元の若者から「シシ公」と名付けられ、今や女子高生ら若者の待ち合わせの場所となっている。個店の整備も進み、キーワードが着実に商店街のグレードアップにつながっているのである。

▼大きな自信を生んだ長野オリンピック
 こうした商店街の動きに拍車をかけるように、今年2月には長野オリンピックが開催された。地元商店街では、参加国とフレンドシップを図ることを目的に一店一国運動を展開し、失いかけていた自信を取り戻す機会になったという。
 「オリンピック期間中は大変でした。一店一国運動のみならず、権堂では、広場を使って連日、文化フェスティバルを行ったんです。期間中、アーケードを生かし歩行者天国にしていたせいか、通りは来街者で埋め尽くされました。オリンピックを盛り上げようという気持ちが、商店街ぐるみの参加意識をさらに向上させたのです」と話す渡辺理事長からは笑みがこぼれる。さらに同商店街ではオリジナルピンバッチを作り、買い物客にプレゼントするという事業も展開した。勢い獅子がデザインされたピンバッチは、外国人に好評だったそうだ。
 「長野オリンピックは、住民参加のボランティアが盛り上げていったところにその成功があると思っています。商店街活性化においても、一人が張り切るのではなく、商店街の組合員一人ひとりが参加意識を持つことが大切だということを再認識することができました」と話す渡辺理事長。世界最大のイベントの開催は、それに携わった人たちに夢と希望、そして活力を与えた。

▼『癖のある商店街』づくり
 アーケード改築を活性化の第1弾とすると、権堂広場の建設、オリンピック期間中の各種事業と段階的に事業が展開されたことになる。そして、次の仕掛けとして駐車場の建設が進められている。
 「商店街は舞台、お客さんは役者なんです。お客さんが踊りを踊れるような舞台(商店街)づくりを続けていれば、商店街は絶えず活性化していく」と渡辺理事長は語る。「これまで栄えてきた商店街は、必ず独自の特徴を持っているはずです。その特徴を強烈に表現することが、商店街の個性化につながるのです。江戸時代からあるこの商店街には、文化・遺産が残されています。それを存分に表現できる『癖のある商店街』にすれば、必ずお客さんは集まります」。
 強烈な個性、そして家族、恋人らが歩きたくなるような商店街にしたいという渡辺理事長の言葉には迫力がある。活性化のためには自分たちの個性をよく知り、その個性を伸ばしていく。当たり前のようだが、難題である。しかしこれからは、街の個性づくりが全国各地で求められているのだ。
 権堂の街からは個性という薫りがにおってくる。どんな舞台で役者がどう踊るのか、癖のある権堂の舞台づくりに心が弾む思いだ。

 

 



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