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【最新海外事情レポート】米中経済摩擦の「漁夫の利」を狙うタイ(タイ)

  最近、タイ政府関係者に会うとよく尋ねられるのが、「日本企業は中国からタイに生産設備を移すのか」という質問である。実際、いくつかの日本企業が、米中経済摩擦をきっかけに中国からタイに生産設備を移す、との報道がなされており、タイ政府関係者は大きなチャンスと捉えているようである。

 

米中経済摩擦はタイ経済にも大きな影響を与えている。もともとタイにとってアメリカと中国は毎年、1位と2位を占める主要な輸出先である。近年は中国向けの輸出額が増加していたが、今年に入り中国向けが減少する一方で、米国向けの輸出が急増している。中国から米国への輸出が減少したため、タイから中国への部品輸出が減る一方、一部の企業が米国向け製品輸出を中国からタイでの生産品に振り替えた結果、と推測される。つまりこれまでのところ、タイは米中経済摩擦の影響を上手に回避しているといえる。

 

日本企業が中国の代替生産地としてタイを選ぶ理由としては、海外生産拠点としてすでに十分な実績があることが挙げられるであろう。電気、水道などが整備された工業団地、道路、港湾などのインフラ、部品の現地調達が可能な産業集積、スキルのある労働者など、すぐにでも生産設備を移転することができる基盤が整っていることは、タイの強みといえる。

 

一方でタイの弱点は、すでに高い水準となった労働者の賃金が挙げられる。現在、タイの賃金水準は、ベトナムの2倍近くとなっている。以前はインフラ面でタイの優位性が目立っていたが、最近はベトナムの工業団地も整備が進んでおり、労働集約的な産業においてはベトナムを選択する日本企業が多くなっている。

 

このような中、タイが日本企業にとって引き続き魅力的な投資先であり続けるためには、現在の賃金水準を踏まえた上で、他国に負けない高い生産性を確保することが必要である。具体的には自動化、ロボット化、ICT化など生産設備の向上である。ただ、タイにはこのような高度な生産設備を管理できる人材がまだ不足している。タイ政府もこの点は十分認識しており、JICAの協力を得て日本の高専制度をタイに導入するなど、人材育成の取り組みを進めている。

 

米中両国と貿易を行っている強みを利用して、米中経済摩擦の影響を最小限に留めているタイであるが、最近、景気に減速感が見られ始めている。米中両国への割合が高いといっても、タイの輸出全体からすれば、両国への輸出は併せて1/4程度であり、残りの3/4はアセアン各国、日本、インド、オセアニア、中東など世界中に亘っている。世界経済全体の減速が強まれば、タイ経済もその影響を避けることはできないのである。

 

  在タイ日系企業とって、米中経済摩擦による世界経済の動向が最大の関心事項となっている。そして、タイ政府には、一時的な追い風に左右されることなく、日本企業が長期にわたり安定的に事業を継続できる魅力的な投資環境の整備を求めている。「シギ」と「ハマグリ」が沢山いる中で、タイがより多くの「漁夫の利」を得ることを期待している。

          

タイ国別輸出額(2019年1月~5月)
出典:タイ商業省
順位 国・地域名 輸出額(百万USドル) 前年同期比(%)
1 アメリカ 13,559 21.81%
2 中国 11,663 -7.88%
3 日本 10,221 -1.93%
4 ベトナム 5,197 6.11%
5 香港 4,525 -9.21%
6 マレーシア 4,467 -4.43%
7 オーストラリア 4,060 -12.57%
8 インドネシア 3,645 -13.87%
9 インド 3,407 2.84%
10 シンガポール 3,276 -7.43%
       
  全世界計 101,561 -2.70%

 

                           (バンコク日本人商工会議所 専務理事 井上 毅)