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【最新海外事情レポート】日本人商工会議所の構成から振り返る日中平和友好条約からの40年(中国)

 今年(2018年)は日中平和友好条約締結40周年ということで、昨年の日中国交回復45周年に続き、様々な記念事業が行われている。中国日本商会でも様々な記念行事を実施・協力している。

 

日中国交回復45周年記念事業として

開催された合同面接会の様子

 

 この40年間を中国日本商会の立場で振り返ってみると、その前身である「北京日本商工クラブ」が発足したのは、条約締結からわずか2年の後の1980年で、当初の会員数は駐在員事務所を中心に102社と記録されている。条約締結から2年という短期間で100社を超える日本企業の存在は多いように感じるが、当時を知る人の話によると、日中間では国交回復以前からLT貿易(廖承志と高碕達之助が取決めた覚書に基づく貿易。LTは二人のイニシャルから取られたと言われる)などの覚書に基づく貿易が行われており、これに従事する一定数の企業は存在していて下地はあったとのことで、条約締結により晴れて組織として発足し活動を始めたものと推察する。


 1980年代の会員名簿をめくると、ほとんどの事業所がホテル内に所在しており、代表者の居住も同じホテルの別室の場合が多い。代表者以外の駐在員も同じホテル内で肩を寄せ合って暮らしていたことが想像され、商工会議所の活動も邦人間の親睦が中心であったと思われる。


 さて、発足後の会員数であるが、暫くは改革・開放政策の下で順調に伸び、19894月には3倍の306社となっている。その後一時停滞するものの、1992年の鄧小平による南巡講話や社会主義市場経済の宣布が行われたあたりから再び増加傾向が顕著となり、2008年の北京オリンピックの頃には700社を超えた。この間の1991年には外国商会管理臨時規定(外国商工会議所法)に基づく組織の第1号として、中国政府(民政部)から認可を受け、公式に意見・要望や会合の開催が行えることとなった。

 近年の会員数は微減ないし横這い傾向にあり、20182月現在では個人や賛助会員を含め676となっている。高度経済成長の時代が終わり、新常態の下で第二次産業から第三次産業へと中国経済の産業構造のウェイトが変化する中で、輸出加工型の製造業より中国国内市場をめざした消費財やサービス関連の業種の入会が増えている印象で、倒産や撤退などを理由とする退会は少ないものの、一社当たりの日本人数は徐々に減っており、日本人が常駐しない会員も増えている。経営の現地化が進んでいる表れだろう。


 北京の会員数は一進一退だが、日本企業による商工会議所等の活動は中国全土に拡がっており、把握する限りでも44の組織が存在していて、その会員数を累計すると約1万社にのぼる。中でも上海日本商工クラブや大連日本商会は北京よりも会員数も多い。各地の日本人商工会議所は、会員の経済活動の支援ばかりでなく、社会貢献活動の一環として民間の日中交流を行っているところが多い。昨年と本年は各地でも各種の記念行事を開催・協力しているものと思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(中国日本商会 事務局長 渡辺 泰一)