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【海外最新事情レポート】コロナ禍のかつてない大混乱、 ゼロコロナからウィズコロナ(新常態)へ(ホーチミン)

南部ホーチミン

 ベトナムは大きく分けて北部、中部、南部と区分され、南北の長さは1,650kmにおよび、北部に政治の中心地ハノイ(首都)、南部に商業の中心地ホーチミン(旧称サイゴン)がある。なお、サイゴン川、サイゴン大聖堂など旧称を冠する場所も多く残っており、いまでもこの名称で呼ぶ人も少なくないが、ホーチミンに到着する際に、「We are soon landing at Saigon」とアナウンスする機長までいることに驚くことがある。

 

 四季がある亜熱帯性気候のハノイと違い、ここホーチミンは1年中暑い熱帯モンスーン気候。ご承知の通り、かつて北緯17度線を境に、北ベトナム(ベトナム民主共和国)と南ベトナム(長くベトナム共和国)に分かれ、インドシナ戦争、ベトナム戦争を経て、1975年サイゴン陥落(ベトナムから見ればサイゴン解放)、1976年に南北統一を果たしたことはご承知の通りだが、歴史を遡れば、越南は9世紀から15世紀まで、現在のタイ、ラオス、カンボジア、ベトナム南部までを治め君臨したクメール王国(現在のカンボジアのもと)の町であったことは意外と知られていないかもしれない。

 

 さて、1986年のドイモイ政策から35 年。ベトナムは今や世界のサプライチェーンを担う製造拠点に成長してきた。しかし、2021年はその確固たる地位を揺るがす大事態となった。

 

 

コロナの厳戒態勢

 

 2020年、コロナの発生は世界的に経済へ大きな影を落とし、アセアン諸国のほとんどがマイナス成長となる中、ベトナムはコロナの抑え込みに成功、経済成長率は2.9%とアセアンの優等生と称された。ところが2021年5月以降、感染力の強いデルタ株の出現で、そうはいかなくなったのである。

 

 特に第4波の中心地となったホーチミン市と周辺各省は、次々と規制強化の通達を発出。5月31日~社会隔離を開始、6月15日~社会隔離延長、7月9日~一段と強い社会隔離を開始、7月15日~工場内での労・職・住(通称3オンサイト)または生産拠点と労働者の宿泊先(ホテル、寮、集団宿泊施設)の往来のみ(通称1ルート2スポット)による厳しい操業規制を断行した。市民生活においては、7月26日から午後6時以降の外出禁止、8月16日からは24時間外出禁止の都市封鎖へと、同じく厳しい規制を進めた。過去の成功体験が影響し、ロックダウンすれば抑え込めるだろうと考えてしまったのである。それゆえにワクチンの入手も後手になったほか、COVAX(国際的共同枠組みによる新興国へのワクチン供給)でも、感染爆発が遅かったベトナムへの配給の優先順位は圧倒的に低く、配分されるのはごくわずかだったのである。

 

 こうした規制強化にも関わらず、1カ月、2カ月と経過してもホーチミンでは感染者は増え続け、2021年5月中旬まで35人だったベトナム全土の死者数は、7月末には1,161名、9月末には19,098人と急拡大し、わずか4カ月で日本の1年半の累計死者数をも超えてしまった。「ロックダウンしているのになぜ?」という声があちこちから聞かれるようになる。昨年日本でコロナ感染拡大を見ていた立場からの私見では、コロナに対する根本的な理解不足が原因と考えている。その証拠に、現在においても、ワクチンを2回接種すれば感染しないと思っている人がたくさんいるのである。

 

 規制強化が続き、操業停止を余儀なくされた企業もあり、また生産を継続できた企業でも稼働率は通常時の10%~50%未満に落ち込むなど、グローバルサプライチェーンが寸断。特に自動車部品の影響は大きく、日本の工場やタイの工場までも一部ストップせざるを得ない状況に陥り、日本のメディアでも大きく取り上げられた。外出規制が敷かれた街中からは人が消え、ホーチミンに働きに来ていた数万人もの労働者が故郷へ帰省した。

日々喧騒に包まれていたメイン通りから人が消えた.jpg買い物客が押し寄せガラガラになったコンビニの棚.jpg夜にホーチミンから脱出、故郷へ帰省しようとする人々(引用:VN Express).jpg

  ▲日々喧騒に包まれていた      ▲買い物客が押し寄せガラガラ    ▲夜にホーチミンから脱出、故郷へ帰省

   通りから人が消えた         になったコンビニの棚        しようとする人々(引用:VN Express)

 

 

ウィズコロナへ方針転換

 ホーチミン市では入手したワクチンを次々と打っていく作戦を敢行し、11月22日現在、人口900万人、18歳以上の接種対象者720万人に対する1回目のワクチン接種100%、2回目接種83%に達した。こうしたワクチン接種大作戦を進めながら、ようやくゼロコロナ政策を方向転換、9月30日、約3カ月続いた社会隔離は終焉を迎えた。

 

 特筆すべきは、緩和策に踏み切ろうと動き始めたとき、ホーチミン市では依然、毎日5,000人近い感染者が出続けていたのである。一方、ベトナムの第3四半期(7月~9月)の実質GDPの成長率は前年同期比でマイナス6.2%、労働力人口の失業率は3.72%となり、そうした状況を受けて政府は、日本では1年以上前に叫ばれた「ニューノーマル(新常態)」の道へ大きく舵を切ったのである。

 

 また10月下旬には12歳から17歳への接種(ファイザー)を開始、アメリカでさえまだ当該年齢への使用承認に至っていないモデルナの接種さえ認めるという迅速さ。3歳から11歳への接種も時間の問題ではないかと見ている。この柔軟さ、実行力がベトナムの強みであり、時に課題ともなるが、つい先日も、首都ハノイと南部ホーチミン等との往来規制が発出されたが、そのわずか2日後には撤回された。こうした朝令暮改は不思議ではないのである。

 

 2022年以降の経済観測については楽観的な見方と慎重的な見方がある。2023年には、日越外交関係樹立50周年を迎えようとしている。仮に次に第5波が来た時の政府の対応、そして実施される様々な経済回復策によるが、ベトナムへの千客万来が戻ることに期待したい。

 

(ホーチミン日本商工会議所 事務局長 小浜 光)