電源立地による地域振興
(会議所ニュース、電源特集第1号:平成12年12月11日号)
原子力発電所が立地、または今後立地が予定されている国内25商工会議所・商工会は、平成12年10月20日に福井県敦賀市で、電源立地地域の情報・意見交換を行うため、「地域振興懇談会」を開催した。また、同日、25商工会議所・商工会の連携を強化するため、「全国原子力立地市町村商工団体協議会」を設立した。本特集では地域振興懇談会および設立総会の状況を報告するほか、青森県むつ市で10月25〜27日に電源立地地域の関係者1,018人が参加して開催された「エネルギープラザ」の様子を紹介する。
・地域振興懇談会を開催
・エネルギープラザに1000人参加
・【寄稿】電源立地による地域振興とは何か(上)
地域振興懇談会を開催
原子力施設立地地域 事例発表や意見交換全国原子力立地市町村地域振興懇談会では、柏崎商工会議所の西川副会頭、東海村商工会の宮内事務局長、浜岡町商工会の増田会長、川内商工会議所の田中会頭、敦賀商工会議所の北村会頭が原子力発電所立地を活用した地域振興事例、ウラン再転換工場での臨海事故への対応、地元受注や技術移転問題、住民理解などについて報告、意見交換を行い、電源立地地域の地域振興のあり方について理解を深めた。
事例発表の要旨は、次の通り。
〈柏崎市〉
原子力発電所の立地に伴う豊かな税収を背景に、新潟工科大学の誘致や新潟産業大学の四年制化に取り組み、これらの大学をテコにした研究開発型産業の育成をはかるとともに、地元企業の技術力を高め、原子力発電所のメンテナンスに地元企業が参入している。また、市内中心街の活性化策の一つとして、再開発ビルに東京電力のPR館を開設している。
〈東海村〉
ウラン再転換工場での臨界事故による影響に対応し、会員に対する緊急融資体制と損害賠償請求の相談体制を早急に整備した。融資については、県の融資や国の中小企業金融機関に万全の措置を講じた。損害賠償の請求については、団体交渉のシステムを採用し粗利益を基準に賠償請求を行い、非常にスムーズに賠償問題が解決できた。
〈浜岡町〉
原子力発電所の立地により固定資産税の税収が増加し、各種の交付税により「箱もの施設」をはじめ農業基盤、産業基盤は確実に整備されてきている。しかし、これらの産業基盤を地域おこしに生かしきれていない。今後は産業振興のソフト開発に力を入れていきたい。
〈川内市〉
原子力の利用には安全確保がなによりも大切であり、原子力発電所と地域との友好関係の前提である。原子力発電所が生み出す電力は地域を代表する特産品と考え、この特産品を活用した地域おこしをはかっている。
〈敦賀市〉
原子力施設の誘致と、これら原子力施設が保有する技術の地元企業への移植に努力している。地元企業の技術力を高め、原子力施設のメンテナンスへの参入や原子力施設からの受注の確保をはかり、将来的には部品の共同開発も行いたい。<別図>
設立総会では、規約、事業計画や収支予算を承認した後、会長に敦賀商工会議所の北村会頭、副会長に柏崎商工会議所の植木会頭、川内商工会議所の田中会頭、大熊町商工会の川井会長を選任。続いて、「原子力発電施設等立地地域の振興に関する特別措置法」(仮称)の今臨時国会での制定を求める決議を採択した。
北村会長は、「原子力発電所の立地を推進し、互いに連携して地域振興と地域経済の活性化に取り組もう」と就任あいさつ。
協議会では今後、各地の地域振興策の情報交換、原子力発電所の知識普及、原子力発電所を利用した企業育成策の調査・研究などの事業を行う。
<会長に就任した
敦賀商工会議所の北村会頭>
スローガン「輝くあおもり新時代」
エネルギープラザに1000人参加
全国の電源立地地域(建設中および計画地点を含む)の関係者が一堂に集まり、地域の振興や人材の育成などについてさまざまな角度から検討する「エネルギープラザ」。15回目を迎える今年は、「輝くあおもり新時代」をスローガンに、10月25日〜27日の三日間、青森県むつ市で1,080人が参加して開催された。
<15回目を迎えた「エネルギープラザ」開会式の様子>主催者は青森県、財団法人電源地域振興センター、後援は通商産業省資源エネルギー庁、東北通商産業局、むつ市、六ヶ所村、大間町、東通村。
一日目は、ノンフィクション作家・山根一眞氏を講師に迎え、「地域力で考える『地域』のつくり方」をテーマに、講演会が行われた。
二日目の「まちづくり検討会」では、事例検討コース(産業部会、環境部会、地域情報化部会)と研修コース(ひとづくりゼミ、ものづくりゼミ、情報・資金づくりゼミ)に分かれ、「地域力」をキーワードに地域振興について論じた。
産業部会(参加者142人)では、「次代を切り開く、独創性に溢れた『産業』創出への挑戦」をテーマに、パネルディスカッションなどが行われた。
コーディネーターに、ヒストリア総合研究所所長・薦田宏俊氏、事例発表者に、泊水産物加工協議会会長・松本豊喜氏、板柳町ふるさとセンター次長・成田勝義氏、オブザーバーに通商産業省資源エネルギー庁公益事業部開発課電源立地対策室企画官補佐・福西謙氏を迎え、地域の特産物である水産物やりんごを活用した独自の産品開発の事例などを検討した。
また、三日目は、東通原子力発電所「トントゥビレッジ」や北通り総合文化センター「ウイング」などの施設を見学した。
<北通り総合文化センター「ウイング」>文化・教育・健康増進、および原子力に関する知識向上をはかることを目的に建設された「北通り総合文化センター『ウイング』」には、原子力関連の資料展示室をはじめ、室内温水プール、多目的ホール、室内運動場など、さまざまな施設があり、特に冬場に屋外で活動できない子供たちに親しまれている。
【寄稿】電源立地による地域振興とは何か(上)
自立できるまちづくりへ
〜柏崎市の事例から〜
柏崎商工会議所
専務理事 内藤 信寛現在、日本では16の原子力発電所(原発)が21の市町村に立地している。
いずれの地域も、原発を地域発展の決め手として立地し、一定の成果を挙げてきているが、社会経済の環境や住民の意識などの変化により、最近ではあちこちで「ゆがみ」や「ひずみ」も目立ってきている。電源立地と地域振興について、柏崎市の事例をもとに改めて考えてみたい。
電源立地地域は総じて過疎地域である。したがって立地市町村が目指す地域振興の目標は、まず過疎に歯止めをかけることである。次に、先進市町村と肩を並べる生活水準の達成であり、最終的には「自立できるまち」づくりである。原発立地は、そのための強力な起爆剤といえる。
柏崎市もかつては過疎に苦しむまちであった。
江戸時代は北前船の寄港地、縮布(ちぢみ)の集散地として栄え、明治時代は石油生産、精製の中心的な役割を果たした石油産業発祥の地でもあった。しかしながら、三方を山に囲まれた閉鎖的な地形や、交通条件の不備から発展が阻まれ、また度重なる水害・雪害に痛めつけられ、長いこと「陸の孤島」と呼ばれていた。
原発誘致を決めた昭和40年代は最も過疎化が進展した時期であり、高卒者の地元就職率は県内最低の20%台。当然、人口は減少を続け、出稼ぎ者も4千人を数えるほど貧しく、「陸の孤島」からの脱却が地域住民の悲願であった。
日本のエネルギー政策への貢献と地域振興を基本理念に掲げ、昭和44年、原発誘致を決断するのである。
以来、原発建設は昭和53年の1号機着工から平成9年の全7号機完成まで約20年の歳月と建設費2兆6千億円が投下され、地域の振興発展に大きな力となった。雇用と人口の増加、所得・消費の拡大、工事原材料・物品購入の地元発注など、経済波及効果は投資額の20%、5千億円とも推定される。また、三法交付金や固定資産税収入など自治体への財政効果も大きく、昭和53年度から平成10年度までの21年間で、交付金など約250億円、固定資産税など約1,070億円にのぼった。
現在の柏崎市は人口8万7千人。世界一の東京電力柏崎刈羽原子力発電所(1〜7号機の合計出力821万KW)を有するエネルギーの街となった。原発建設から生ずる経済効果と財政効果を最大限に活用し、長期的なプログラムのもとに「自立への道」を模索してきたのである。
柏崎市における約30年に及ぶ原発との共生、まちづくりの歴史は大きく次の三期に分けられる。
第一期(S49〜60年)
「陸の孤島からの脱却―基盤整備の時代」道路・交通網の整備、災害対策(河川・消雪対策など)。
第二期(S60〜H7年)
「追いつくために―社会・生活環境整備の時代」 上・下水道の拡張、教育・文化、医療・福祉施設の整備。
第三期(H7〜16年)
「自立発展の時代」二つの四年制大学と学園ゾーンの整備、研究開発産業団地、海浜リゾート、環境共生公園の整備、中心市街地再開発、情報化対策など。
<平成13完成を目指す市街地開発事業(21mに拡張されたメーンストリートの右側は完成した業務棟。左側は工事中の交流センター・コンベンション棟)>今、柏崎市には随所で「勢い」が感じられる。人口の増加、活発な産業活動による雇用の拡大。3千人の大学生の活力、全国規模の学会や国際会議など。「都市の住み良さランキング」(東洋経済新報社調査)では、全国686都市中第7位。また「起業化しやすいまち」では第2位にランクされるなど評価は高い。
自立できるまちづくりに向けて長期的視点で打った布石が今、実を結ぼうとしている。